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2009年6月の27件の記事

2009年6月30日 (火)

NIS2009

日曜の夕方。近所のヤマダ電機で Norton Internet Security 2009 (NIS2009)を買った。

それまで McCafee Security Center を使っていたのだが、どうも重くて仕方ない。多分、私の貧弱Windowsマシンには向かないのだろう。サービス期間の途中だが思い切って替えることにした。

NIS2009、今のところ快調。CPUも無駄に使われていないし、Firefoxも一層速く感じる。そう言えば、もうすぐ Firefox 3.5 が出るらしい。現在の 3 よりも2倍速いとか。

いいことだ。無駄で華美な機能をチャラチャラ付加して、どんより重いソフトを作るのではなく、必要な機能をさくさくと提供する軽く速いソフトこそ、多くのユーザーは求めているのだ。

Microsoft も最近は軽さ・速さを気にするようになってきているようだ。その調子で、MacintoshがUnix化したように、Windowsも早くUnix化してほしい。。

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2009年6月28日 (日)

Perfumeは転機を迎えたのか?

悪質マスコミ(FRIDAY、6/12・19)による連続言論テロに続き、音楽雑誌(ROCKIN'ON7月号)でのちょっと気になるあ~ちゃん発言、日テレ系冠番組(昨年からの『HAPPY!』『気になる子ちゃん』『シャンデリアハウス』)終了、と、2年程にわたったPerfumeの急成長が一段落し、一息ついた感が漂う。これからPerfumeの新段階が始まると思う。

悪質マスコミによる盗撮写真と悪意度100%記事の公開は、確かに、急成長前からPerfumeを支えてきたアキバ系ファンに少なからぬ衝撃を与えているだろう。しかし、この間の急成長をもたらしたのは、アキバ系ファンの急増によるものではなく、NHKの『ポリリズム』CMによる一般への露出と、テクノ・ハウス系のクールな音楽のファン達の増加だった。だから、数年前のあややの場合ほどのダメージはないだろう。

あ~ちゃんの「テクノ・中田」批判トークは、一種の「持ちネタ」という面もあるには違いないが、Perfumeの今後にとってはより重要かもしれない。端的に言って、外野からの「口パク批判」をPerfume(あ~ちゃん)自身気にしていることを認めたともとれるからだ。中田流テクノに対して当人達が違和感を感じているとなると、今後のPerfumeの音楽性に影響がないとは言えない。

テクノ・ハウス系、capsule系ファンは、「口パク」批判など一切気にしていないだろう。もともと、生歌・生演奏では再現不可能な音楽を作っているわけだから、「口パク」批判など的外れなのだ。ちょっと古い例だが、後期のビートルズも、ライブをやめてスタジオ録音に専念していた。

ところが、Perfumeの三人の存在意義は、楽曲(作詞・作曲)、演奏、ヴォーカルのいずれでもない。現在、ライブにおける三人の役割はダンスだけになっている。スタジオ録音(DTM制作)が主体だと、自分達の存在意義に危機感を覚えるのも無理はない。

本来は、ヴォーカル、ダンス、キャラクターを総合したものが三人の魅力のはずだ。その上にユニークな楽曲が組み合わさることによって人気を獲得したのだ。実際、メジャーデビュー後、ブレイク前には、ライブでは生歌が結構普通だったではないか。

だから、あ~ちゃんの言うように、ダンスに加えてヴォーカルも前面に打ち出した音楽を加えていくことは理に適っていると思う。実際、中田氏もそう考えているのではないか。かと言って、アキバ系テクノポップに回帰するのは不可能だ。SPEED風のものも意味はないだろう。

これからのPerfumeの音楽に期待だ。オッサン的には、ちょっとレトロなプログレ風のものも聴いてみたいが。

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Windowsパソコンはアンチウイルスソフト(McCafee)のためにあるのか

言わずもがなだが、Windowsパソコンはそのシェアの高さ故に、コンピュータウイルスなどの脅威が高い。

そこで、情報セキュリティを真面目に考えるなら、アンチウイルスソフトのインストールが必須となる。私は情報セキュリティをとても気にしているので、アンチウイルスソフトをインストールして手厚く保護している。

具体的には、2年半前にDELLのノートパソコンを購入した時に体験版としてついてきたMcCafee Security Centerを継続・更新して使い続けてきた。

しかし、もう堪忍袋の緒が切れた。私の貧弱WindowsマシンのCPUはほぼ常時McCafee Security Centerによって占有され、他の仕事がまともにできない状態となっている。

これはひょっとしてアンチウイルスソフトにバグがあって暴走しているのか? または、アンチウイルスソフト自体が、一種のワーム的なマルウェアなのか? それとも他の原因があるのだろうか。

いずれにせよ、セキュリティレベルを低下させて、「ご使用のコンピュータは保護されていません」とMcCafeeが警告する状態にしてはじめて、パソコン本来の用途での使用が可能になるのだ。

アンチウイルスソフトのこの重さは問題だ。情報セキュリティの重要性という大義名分に隠れて、ソフトウェアとしての完成度を高めることを怠っているのではないか。軽くて性能のいいアンチウイルスソフトを真剣に探そう。パソコンをアンチウイルスソフトに乗っ取られたら本末転倒だ。

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2009年6月27日 (土)

カロリー(cal)とジュール(J)

熱量(エネルギー)の単位として、生命科学・栄養学関係では今でも「カロリー(cal)」が主流だ。

ところが、将来的にはSI単位(国際単位系)である「ジュール(J)」へと置き換えられていくこととなっている。最近は、それに従って「ジュール表記」の教科書も少しずつ増えてきている。

「カロリー」単位に慣れきっているせいか、「ジュール」表記に出くわすと戸惑ってしまう。結局頭の中では、ジュールをカロリーに変換して考えてしまうのだった。

1 cal = 4.184 J (1 J = 0.239 cal)

まったく慣れの問題ではある。

アメリカ合衆国では、21世紀になった今でも頑なに「インチ・フィート・ヤード、ポンド」の単位(日本の「尺貫法」みたいなもの)が使い続けられている。一定の単位系で量的な感覚を身に付けてしまうと、なかなか別の単位系には変えづらいものだ。

生命科学・栄養学関係での「ジュール」表記も、定着するにはあと1,2世代かかるだろう。食品の熱量が、カロリーでなくジュールで表示された例をまだ見たことがない。

「カロリーメイト」が「ジュールメイト」になり、コンビニ弁当の熱量が「ジュール」で表記される日は遠い。

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2009年6月25日 (木)

反「メタボ」キャンペーンは、健康のためではなく食料自給率アップのため?

2008年から「メタボ健診」というものが始まった。「肥満の人は『メタボリックシンドローム』にかかりやすい」という考え方によるものだ。BMI (Body Mass Index: 体重(kg)/身長(m)の2乗)が25以上だと「肥満」とされる。

ところが、「BMIが25以上の人の方が、25以下の人より寿命が長い」という調査結果があるらしい。さらに、心疾患発症リスクも、「太った」人より、むしろ「痩せた」人の方が高いという調査結果があるらしい(注1)。

つまり、「太り気味は健康に悪い」というのは、神話か信仰に近いものではないのか。

にもかかわらず、なぜこれだけ反「メタボ」キャンペーンが活発化しているのか。

その目的の少なくとも一つは、「食料自給率アップ」のためかもしれない。

食料自給率 = 「国産供給カロリー/食料消費カロリー」

である(カロリーベースの場合)。

日本では1人1日当たり、食糧消費カロリーは2,551kcal、そのうち国産供給カロリーは1,016kcal。結果として、食料自給率は40%とのこと(農水省HPによる)。

食料自給率を向上させるという場合、普通は、国産農作物の生産量を上げるか、食糧輸入を減らす、ということを考えるだろう。

ところが、国産供給カロリー(上の式の分子)が上がらなくても、消費カロリー(上の式の分母)を下げれば食糧自給率は向上するのだ。

現在の農政は、表面的な印象とは裏腹に、国内農業生産量を下げるようになっているらしい。そこで、食糧自給率アップのために「メタボ対策」、となるわけだ(注2)。

ちなみに、私は痩せ気味。どちらかというと、小食。私の個人的「食糧自給率」はすごく高いはずだ(意味があるかは別として)。
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(注)

  1. 高田明和『誰も知らないサプリメントの真実』(朝日新書、2009)、pp.32-33。
  2. 大泉一貫『日本の農業は成長産業に変えられる』(洋泉社新書、2009)、pp.216-218。

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2009年6月23日 (火)

死に至る病

「死に至る病」。

絶望? キルケゴール?

違う。「死に至る病」とは「飢え」だ。

人間は、いや、あらゆる生き物は、何も食べずにいるとそのうち必ず、100%死ぬ(独立栄養生物でもだ)。「飢え」は、致死率100%の「病気」なのだ。

言い換えると、あらゆる生き物は常に「飢え」という「病気」にかかっていて、その病気で死なないために一生食べ続けなければならない。。

この考え方を知った時、目から鱗が落ちる思いだった。私はそれを、アルボムッレ・スマナサーラさんのどれかの本で知った。

つまり、よく考えると、どんなお医者さんよりも、どんな製薬企業よりも、他のどんな職業よりも、農業こそが、最も根本的に人の命を救い、人の「病気」を治すために貢献しているのだ。

先週、『これからの日本は農業がチャンス! かもしれない・・・』と書いた(注)。

実際、チャンスだ。

少子高齢化にもかかわらず若者が就職難。非正規雇用。異常なまでにサディスティックな採用面接。しかも、一次、二次、三次…、果てしなく続く面接。そんな現代日本企業の奇妙な行動に我慢して付き合っていても、おそらく何も得るところはない。

農業で知力・体力を全開させる絶好の時が来ている。これまで一般人には閉ざされて来た農業の門戸が開きつつある。

就職難に絶望しかけている人は、是非、農業に飛び込むことを検討したらどうだろう。私も検討したい。

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(注) http://higashiooi-machio.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-72ff.html

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2009年6月21日 (日)

連帯を求めて孤立を恐れず

「連帯を求めて孤立を恐れず」、というのは60年代全共闘のスローガン(1969年1月、落城する安田砦の壁に残された落書き)だ。続きの文句は、「力及ばずして倒れることを辞さないが 力尽くさずして挫けることを拒否する」。

このフレーズは、革命的左翼の政治的主張、思想とは一切関係がない。団塊世代特有の感傷的ヒロイズムの雰囲気をよく表していると思う。

そんなフレーズが今でも伝えられるのは、やはりどこか、多くの人が共感できるような部分があるからかもしれない。

「連帯を求めて孤立を恐れず」。自分が正しいと思っていることを貫こうとすると、周囲から孤立してしまう。だけど、きっと自分と同じように考えている人達がいる。孤立していても、そういう人達と心がつながっているのだ。。 というような気持ちだろうか。

「孤立を恐れず」ということは、本当は孤立を恐れているということだ。恐れているから、こういう言葉で自分を鼓舞しているのだ。

深夜遅くまで仕事をしていて、静かなオフィスに一人きり。そんな時に、窓から見える遠くのビルにも、灯りが一つ、二つ。同じように働いている人がいる。。そういう時に思い浮かぶ言葉が、「連帯を求めて孤立を恐れず」。

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2009年6月19日 (金)

これからの日本は農業がチャンス! かもしれない…

少子高齢化。にもかかわらず大卒が就職難。圧倒的に老後の団塊世代に有利な世の中。おまけに、100年に1度の金融危機、、、と、若者(団塊世代以降はとりあえず「若者」としよう)には踏んだり蹴ったりの時代だ。

しかし。ひょっとしてこれからの日本の若者にとっては、農業がチャンスかもしれない。

現在の農業従事者は高齢者が中心だ。後継者に困っている。しかも、これまでの日本の農業は、あまりにも特殊な環境に置かれてきた(実質的に世襲制、政府による規制と保護、兼業農家、等々)。外国からの安い農産物の輸入に圧倒されて、国産農産物は「贅沢品」に成り下がっている有様。

これまでの農業の構造が危機に瀕している。ということは逆に、これから新しい「農業」が否応なく生み出されてくるということではないのか。

日本から農業が消えることはあり得ない。シンガポールならいざしらず、日本はかなりデカい。イギリスよりも、西欧の多くの国よりも、デカい。そんな国から、生きるための基本である食糧生産活動が消えることはあり得ない。

「アメリカなどの広大な農地を活用した農業ビジネスに日本が対抗できるわけがない」、という意見も根強い。しかし、何も小麦を作ってアメリカに対抗しようというわけではないのだ。

就職に困っている若者は、都会のみみっちい企業なんか見捨てて、農業に飛び込むのがいいかもしれない。絶対農業での働き口はあるはずだ。食うに困らないはずだ。しかも、これからの農業にはいろんな工夫を凝らす余地がありそうだ。農業ベンチャーの時代だ。。。

と思っていたら、本屋で、『日本の農業は成長産業に変えられる』(大泉一貫著、洋泉社新書、2009年6月刊)、という本が目に付いた。これから読んで勉強しよう。

日本の農業は成長産業に変えられる (新書y) Book 日本の農業は成長産業に変えられる (新書y)

著者:大泉 一貫
販売元:洋泉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2009年6月18日 (木)

深夜、線路で働く人々

私は、京浜東北線のある駅の近くに住んでいる。古いマンションの一室。台所の窓から、踏切が50メートルほど先に見える。

深夜2時過ぎ。保線工事の音。深夜の街の中、すぐそこで働く人々の気配を感じながら眠るのは、なぜか心地いい。お疲れ様です。

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2009年6月17日 (水)

負のプラシーボ効果・・・ 心の力は偉大なり

実際には効果のない薬でも、効果があると思って服用すると、本当に効果が出ることがある。。。 これが「プラシーボ効果」だ。プラシーボ(placebo)とは、「偽薬」のことだ。

一方、実際には効果のある薬なのに、効果がないと思って服用すると、本当に効果が出なくなることもある、という。いわば「負のプラシーボ効果」だ。

高田明和著『誰も知らないサプリメントの真実』(朝日新書、2009)には、このようなプラシーボ効果にまつわる面白い話が記されている。その他、サプリメント(ビタミン剤や健康食品など)に焦点を当てて、それらの効果に関する最近の研究結果が数多く紹介されている。この本はお薦めだ。

大半のサプリメントの「効果」は、実は「プラシーボ効果」かもしれない。。 いやそれどころか、かなりの薬の効果も、実は「プラシーボ効果」かもしれない。。

心の力というものは、それほどまでに強大なのだ。

心を制すること、心を整えることは、サプリメントを摂るよりもはるかに体のためになるということが、正負のプラシーボ効果によって示されている。

誰も知らないサプリメントの真実 (朝日新書 183) Book 誰も知らないサプリメントの真実 (朝日新書 183)

著者:高田 明和
販売元:朝日新聞出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する


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2009年6月16日 (火)

新型インフルエンザ (その12) 「治ってる人は何人?」…ってそんなおバカな質問はやめよう

「新型インフルエンザ国内感染確認例が636人に(6月15日時点)」。

こういうニュース記事がネットに出て、コメント欄でも付いていようものなら、必ず次のようなコメントが書き込まれるようだ。

「累計人数でしょ」「不安ばかり煽るマスゴミ」「治ってる人の数を書けよ」

こりゃあみっともない書き込みだ。二重三重にみっともない。

まず、「累計人数」。当たり前だ。他に何の数字がある?

「不安ばかり煽る」? 逆だ。これだけ時間がたってたったの636人というのは少な過ぎる数字だ。

「治ってる人数」? インフルエンザを不治の病か生活習慣病とかと勘違いしてないか? インフルエンザは数日もすれば完治するのだ。636人のほぼ全員、もう治っているか、数日内には治っているはずだ。(死者は今のところ出ていない。)

「現時点で発症している人数」のこと? そんなのどうやって数えるの。お医者さんが、「ハイ、あなたは今、治りました。保健所に報告しときます。」っていうわけにいかないでしょう。

その上で、「現時点で発症している大体の人数」は自分で考えればわかる。数日前の発症者累計を、現時点の累計から引けばいいのだ。例えば、発症してから3日で治るものと仮定しよう。そうすると、15日現在の「発症している人」の大体の数は、60人程度ということになるだろう。

累計636人。今現在発症している人の数が60人。仮に100例に1例しか確認されていないとしても、少な過ぎるように思う。この新型インフルエンザの素性、もうしばらくすればもっとはっきりしてくるだろう。

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2009年6月15日 (月)

5分の1

月曜日が終わろうとしている。
土日でたるんだ精神には辛い日だ。

あぁ、これで今週の勤めの5分の1が完了した。
5分の1。
20%。
あと80%だ。頑張ろう。
次の週末が待ち遠しい。。

などと思わず考えてしまう日だった。
いかん、修行が足りん。

(以上は、土日週休2日制で働く人の場合の話です)

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2009年6月14日 (日)

『いいんだぜ!イケ麺そば屋探偵』が面白かった

深夜、テレビをぼぉっと見ていたら、『いいんだぜ!イケ麺そば屋探偵』(日テレ土曜深夜)というドラマをやっていた。これがなかなか面白かった。

出演者は、藤木直人、古田新太、堀内敬子、生瀬勝久、松尾貴史ら。今日の回には、京本正樹が源義経の影武者の霊の役で出演していた。

なぜ面白いかというと、その一つには、藤木直人さんがああいう役にうまくハマっているからだろう。何年か前の『ギャルサー』の時もそうだった。阿部寛さんが、『トリック』の上田次郎役にハマっているのとやや似ている。

藤木さんがこの路線でもっと活躍して、面白いドラマを見せてくれることを期待しているcat

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2009年6月13日 (土)

職業に貴賎あり。例えば、講談社の『FRIDAY』に芸能人のプライベートに関する下世話な記事を書いたり盗撮写真を載せて儲けようとする「記者」「カメラマン」は賎しい職業だ。

世の中には様々な職業があるが、もちろんそれらの職業には「貴賎」がある。まっとうな職業とは、誰かが幸福になることに少しでも役に立つような仕事のことだ。そういう仕事は何であれ貴い。

ところが、他人を不幸にして儲ける職業もある。例えば、人間の醜いのぞき趣味を刺激してカネをせしめることが目的の写真週刊誌『FRIDAY』(講談社)に、Perfumeののっちのプライベートについての下世話な記事を書いたり盗撮写真を載せるような職業だ。このような職業は、世の中から消えることによってのみ世の役に立つことができる。

それにしても講談社は、『ブルーバックス』シリーズのようなまっとうな本も出版しているのに、何故『FRIDAY』のような悪趣味な雑誌を発行し続けるのだろうか。

『FRIDAY』 ― 買ってはいけない。

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2009年6月12日 (金)

ポイ捨て禁止ー!

1995年、阪神・淡路大震災が起きた時、関西に住んでいた。

地震後しばらくの間、テレビは公共広告機構のCM一色、という感じだった。

そんな中で強烈に印象に残ったのが、競輪の中野浩一さんとマラソンの増田明美さんが出ていた「ポイ捨て禁止」キャンペーンCM。記憶に刷り込まれるくらい繰り返し流されていた。

私はこのCMが好きだった。中野浩一さんの、あの、「ポイ捨て禁止ー!」というセリフが話題になっていた。あの言い回しがよかった。大変な状況の中、あのCMを見るとどこかホッとした。

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コネタマ参加中: 【落書き】人々に訴えたいことを看板に描いて

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2009年6月11日 (木)

造反有理

ちょっと古いスローガンだが、「造反有理」。

個人的には、私が高校生の頃、毛沢東夫人の江青が死刑判決を受けた法廷内でこれを叫んでいたニュース映像が、記憶に焼き付いている。

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コネタマ参加中: 【落書き】人々に訴えたことを看板に描いて

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2009年6月10日 (水)

人間の本業

会社の仕事で悩んでいる人は多い。上司のパワハラ、クビ・倒産の不安・・・。鬱状態になる人もいる。

そんな時は、こう考えよう。人間の生きる目的、つまり本業(ほんぎょう)は、心を磨くこと、未完成で未熟な人格を完成させること。会社の仕事なんかは一時的な仕事。副業だ。上司に怒られても、「会社にいるときだけだから大したことない」という感じで受け流せばいい。うまくいかなくてもうまくいっても、そんなものは副業であって本業ではない、とクールに生きる。。。

先日買ったアルボムッレ・スマナサーラさんの本、『初期仏教経典解説シリーズⅠ 沙門果経』の中に、そのように書かれてあった(pp.129-131)。

人間の本業は心を磨くこと。それに納得すれば、会社の仕事で悩んだり落ち込んだりすることもなくなるかもしれない。

スマナサーラさんが繰り返し述べているように、本来「仏教(ブッダの教え)」は「宗教」ではなく「心の科学」だ。信じるのではなく、理解して納得する世界だ。最古層の経典『沙門果経』は、そういうブッダその人の教えを記録している。

沙門果経―仏道を歩む人は瞬時に幸福になる (初期仏教経典解説シリーズ) Book 沙門果経―仏道を歩む人は瞬時に幸福になる (初期仏教経典解説シリーズ)

著者:アルボムッレ・スマナサーラ
販売元:サンガ
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2009年6月 9日 (火)

ちょっと駅前のメディア芸術総合センターに行ってくるわ

「国立メディア芸術総合センター(仮称)」(117億円)の建設が、史上最大規模の今年度補正予算(14兆円)の一部として計上されている。これを巨大な「国営マンガ喫茶」(=予算の無駄遣い)だとして、民主党も、そして自民党の一部も批判している。

漫画家の中には、反対の人も賛成の人もいるようだ。漫画家の石坂啓さんは、「お上にほめられて喜ぶ漫画家はいない。ものすごくつまらない施設になる」「私の作品は展示してほしくない」と言っているという(注1)。一方で、漫画家の里中満智子さんらは、「国立メディア芸術総合センター」の必要性を訴えている(注2)。

私は今のところ正直よくわからない。

本当に「マンガ喫茶」なら、もちろん駄目だと思う。国営マン喫を作るなら、国営ネットカフェも作る必要があろうというものだ。

しかし、これは本当にマンガに特化した施設なのだろうか。いわゆるデジタルアートやアニメなどのような、既存の美術館がカバーしていない作品(文化庁的に呼べば「メディア芸術」)を対象としているのなら、必ずしも無駄ではないようにも思える。この時期に補正予算で計上するのが誤解のもとではあるが。。

「お上にほめられて喜ぶ漫画家はいない」と石坂啓さんは言うが、では、現代アート一般と国立美術館の関係はどうなのだろう。それに、文化庁関係の賞をもらって喜んでいるアーティストは結構たくさんいるように見えるのだが。。そもそも文化庁は「お上」なのか? むしろ「公僕」だと思っていた。

いずれにせよ、これからは「マンガ喫茶」のことを「メディア芸術総合センター」と呼ぼう。

ちょっくら駅前のメディア芸術総合センターに行ってくるかな。
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(注)

  1. 産経ニュース2009年5月29日付記事『117億円の「巨大な国営マンガ喫茶」が誕生か』 http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090529/trd0905292254011-n1.htm
  2. 産経ニュース2009年6月4日付記事『「国立メディアセンターは必要」マンガからが原画保存の必要性強調』 http://sankei.jp.msn.com/entertainments/game/090604/gam0906041815000-n1.htm

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2009年6月 8日 (月)

Perfume - あ~ちゃんの霊感

さっき『MUSIC JAPAN』(NHK)をぼぉっと見ていたら、Perfumeのあ~ちゃんが面白い話をしていた。

きっかけは、ナレーション担当の水樹奈々さんが撮影で訪れたロンドンでの話。セントポール寺院(だったと思う)に足を踏み入れた途端、無意識に「ただいま」という言葉が口をついて出てきて、涙がぼろぼろ流れた、とのこと。

この時点で場の雰囲気が、ちょっと『オーラの泉』的になった。そこで、あ~ちゃんが不思議体験を語りだしたのだ。

金縛りは日常。金縛りの時、顔が迫ってくる、腕がぼたーっと落ちてくる。手のひらサイズのちっさい人が「イェーイ、イェーイ」とランプシェードを揺らす。。

「NHKさん的にこういうの大丈夫なんですか」とあ~ちゃんが自制して、その話はそこで終わり。

面白い。もっと聞きたかった。信じる信じないではなく、心霊体験の話は面白い。その人の意識がそのようなことを感じたのは確かだろう。

あ~ちゃんの心霊体験は、ファンの間ではかなり知られていることらしいが、私は知らなかった。

Perfumeはいろいろと面白い。

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「世界誕生○○前仮説」

前の記事で、「世界誕生数秒前仮説」という、竹内薫さんが著書『99.9%は仮説』の中で紹介している仮説を紹介した(注)。

その仮説とは、「この世界は、実は、ほんの数秒前に誕生したばかりです。でも、あなたの頭には精巧なニセ記憶が仕込まれているので、あなたはもう長いあいだ生きていると思っているし、地球は何十億年も続いていると考えているのです」(同書p.178より引用)というものだ。

この仮説を「否定することはできない」というのが通説らしいが。。。

「そんなことはないだろう」という常識的な偏見のもとに、いろいろと屁理屈を考えてみた。

まず、この仮説が成り立つなら、「世界誕生数分前仮説」、「世界誕生数時間前仮説」、「世界誕生数日前仮説」、「世界誕生数年前仮説」、「世界誕生数十年前仮説」、、等々、自分が生まれて以降の任意の時点での無数の「世界誕生仮説」が、まったく同様の論理で成り立つはずだ。

ところが、それらの仮説は決して同時には成り立たない。と言って、どれも否定できない。したがって、どれも成り立たない。

ちょっと苦しいだろうか。。。

しかし、こういう仮説が否定できないというのなら、例えば、「人間は死後、阿弥陀様に導かれて西方の極楽浄土へ赴く」という仮説も否定できないということだろう。

つまり、「反証可能」でないから、こんな仮説は「科学」の仮説ではないということだろう。「哲学」の仮説にはなるかもしれないが。
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(注) 『「世界誕生数秒前仮説」。。。は「科学」なんっすか?』 http://higashiooi-machio.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-f25c.html

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2009年6月 7日 (日)

「世界誕生数秒前仮説」。。。は「科学」なんっすか?

前の記事でも書いたが、竹内薫さんの本『99.9%は仮説』は面白い本だ。お薦めしたい。

が、前の記事でも書いたように、疑問に思う部分もいくつかある(注1)。同書178ページで紹介されている「あたまが柔らかくなる仮説⑤」の「世界誕生数秒前仮説」もその一つだ。

「世界誕生数秒前仮説」とはこういうものだ。「この世界は、実は、ほんの数秒前に誕生したばかりです。でも、あなたの頭には精巧なニセ記憶が仕込まれているので、あなたはもう長いあいだ生きていると思っているし、地球は何十億年も続いていると考えているのです。」(同書同ページより引用)

「この仮説を否定する方法はありますか?」「自分なりに考えてみてください」というのが、私たちの頭を柔らかくしてくれるための竹内さんの問いかけだ。「これは哲学者がよくあげる例」だそうだ(同書p.240)。

あたまを柔らかくしたいので、私もいろいろ考えてみた。しかし妙案が思いつかない。

竹内さんも紹介しているように(同書p.241)、「この仮説を否定する証拠はありません」。つまり、この仮説を反証する方法はありません、ということだ。

ところが、著者の竹内さんも同書中(p.132)で述べているように、「科学」の仮説とは「反証可能」でなければならないのではないか。

とすれば、「世界誕生数秒前仮説」は、科学ではないということになる。オカルトや宗教の同類ということだ。「哲学者がよく挙げる例」だそうだが、やはり「哲学」とはオカルト・宗教の同類ということなのか。そんな「仮説」について考えてみても、「あたまが柔らかく」なったりするのだろうか。。。

竹内さんがこの仮説を紹介した意図がよくわからなかった。ひょっとして、「科学」と「非科学」を見分けるための練習問題、ということなのだろうか。それなら話はわかるが。

しかし、本当にこの仮説を否定する方法はないのだろうか。哲学者や竹内さんは「ない」とおっしゃっているが。

何かあるような気がする。いつか思いついたら書きます。

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(注)

  1. 『「科学はもともと哲学だった」…そりゃあまりにも西洋近代中心主義的な誤解っすよ』 http://higashiooi-machio.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-fcb3.html
99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書) Book 99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書)

著者:竹内 薫
販売元:光文社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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「科学はもともと哲学だった」・・・そりゃあまりにも西洋近代中心主義的な誤解っすよ

少し前に出版された本になるが、竹内薫さんの『99.9%は仮説』(光文社新書)を読んでいる。

この本はなかなか面白くて、ためになる。読みやすい。「花咲爺さん」の異名を取るらしい竹内薫さんの人柄を表しているのだろう、とても優しい語り口だ。私がよく見る『たけしのコマネチ数学科』(フジテレビ)での竹内薫さんの姿が思い浮かぶ。

しかし途中、気になる箇所があった。それはp.141からの「科学はもともと哲学だった」という節だ。その節の要旨は次のようなものだ:

  1. 科学的思考の基礎がなおざりにされている。
  2. 科学は細分化し過ぎて、土台があやふやになっている。
  3. 「科学」という訳語は、明治時代に西周(にし・あまね)が考案したもので、「多くの科に分かれた学問」という意味だ。
  4. 「もともと西洋では、科学の前身は哲学でした。」
  5. 西洋では今でも科学の分野で博士号をとると「哲学博士」となるが、それは科学が哲学の一部であったころの名残りだ。
  6. 日本では、哲学の部分から抜け出て細分化された状態で「科学」が輸入された。
  7. そのため、日本の科学は、「西洋で脈々と受け継がれてきた歴史や精神に欠ける部分があります。」

要するに、科学をするには西洋哲学(特に科学史、科学哲学)を学ぶ必要がある、という主張だ。

この内容には、二重、三重、四重、、、に疑問がある。

上の1、2の点はいいとしよう。その点はまさに心しなければならない。「理系」とは、清く正しく理詰めで生きる道なのだ。

3について補足すると、「科学」のみならず「哲学」という訳語も、明治時代の西周が考案したものだ。科学は「science」、哲学は「philosophy」に相当する。

4が問題だ。竹内さんの説によると、もともと「哲学」という母体があって、そこから「科学」が分化してできた、ということになる。

しかし昔の西洋に関して言うなら、そもそも、「自然」に関することも「社会」に関することも「人生」に関することも、何かものを深く考えること、つまり学問全般をひっくるめて philosophy と呼んでいたのだ。

語源的には、philo(愛) + sophy(智)(智を愛すること love of wisdom)だ。昔の西洋でphilosophyとは、要するに「学問」のことだったのだ。現代で言う「哲学」自体、昔のphilosophyから細分化してできたものと言える。

したがって、「『科学』はもともと『哲学』だった」のではない。それを言うなら、「科学」も「哲学」も、もともと単なる「学問」と呼ばれる活動の中の各分野だった、という方が正しい。

5については、以前の記事でも書いた(注1)。Doctor of Philosophy (Ph.D.)に、「哲学博士」というような意味はない。あえて言えば、「学問博士」だ(日本の「学術博士」みたいだが)。科学分野に限らず、文学、法学、経済学で博士号をとっても Doctor of Philosophy だ。

6については、ある意味正しい。ただし日本では、「科学」のみならず「哲学」も、philosophyから抜け出て細分化された状態で輸入されたものだ。

7については、したがって、「科学」の土台をしっかりさせるために西洋の「哲学」を学んでも意味はない。そもそも、科学は「西洋の文化」ではないからだ。古代インド、中東、エジプトも「西洋」と呼ぶなら話は少しだけ別になるが。ただし、科学史、科学哲学をもっと教養として学ぶべきだ、という主張には共感する。

以上のようなわけで、竹内さんのこの本、素晴らしい本だが、「科学はもともと哲学だった」という部分には大いに異論があるのだった。

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(注1) 以前の記事『Ph.D. (ピーエイチディー)』 http://higashiooi-machio.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/phd-7324.html

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Perfume - のっち議長の教え、「すべて捨てなさい」

今週もPerfumeの『シャンデリアハウス』は面白かった。。。

が、ながらで見てしまったため、内容はあまり身に入らなかった。しかし、最後の「来週の予告」が毎週面白いのだ。

今週の「来週の予告」では、のっちが両手を前にかざしながら、「すべて捨てなさい」、と唱えていた。

これはまさに昨年の『HAPPY!』での「のっち議長」の言葉だ。一切の執着を捨てて心の自由に達する。解脱。それはまさに、ブッダの教えではないか。。。

というようなことを考えさせるようなことを明るくさらっと言うところもまたPerfumeの魅力だ。

と思った。

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2009年6月 6日 (土)

アシュラー

上野の東京国立博物館で開かれた『国宝 阿修羅展』が大人気だった。女性ファンが多いらしい。「アシュラー」と呼ばれているようだ。

それにしても、新型インフルエンザ流行のさなか、よくあれだけ人が集まったものだ。上野の美術館・博物館で開かれる有名な作品の展覧会は、東京の朝の通勤ラッシュのような状態になる(土日祝日などは)。

私は、近くに住みながら一度も『阿修羅展』には行けなかったが、まあいい。奈良の興福寺で見たほうがいいさ(子供の頃は関西に住んでいて、その時に奈良で見たような気がする)。

「阿修羅」は「仏教の守護神」とされるが、そのことからもわかるように、ブッダが教えを説いて随分時間がたってから、ヒンドゥー教経由で大乗仏教に取り入れられたものだ。

奈良・興福寺のHPの説明によると、ペルシャで太陽神として信仰されていたものが、インドに伝わったのち帝釈天(インドラ)と戦う悪の戦闘神とされ、仏教に取り入れられてからは釈迦を守護する神となった、という。

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2009年6月 5日 (金)

「ハウス」があるのに「ホーム」がない…「ホームレス」。それが問題だ。

先週土曜に日本橋・丸善で買った、『出家の覚悟』を読んでいる。この本は面白い。原始仏教の長老アルボムッレ・スマナサーラさんと、禅僧の南直哉さんとの対談だ。

アルボムッレ・スマナサーラさんは、これまでにも養老孟司、立松和平、玄侑宗久、山折哲雄、鈴木秀子といった方々と対談して、それが本になっているが、対談の中ではこの『出家の覚悟』が一番面白いかもしれない。

3分の2ほど読んで印象に残った一節(p.181-182)。スマナサーラさんは、現在の日本の社会の問題の一つは、「ハウス」(物理的に寝るところ)はあるが「ホーム」がないこと、という。

「ホーム」とは、「『友だちになぐられた』『今日はやられちゃった』『あいつは嫌だ』などと、とりとめもなく話をして落ち着く」ところ(同書p.181より)。

「第三者のお坊さんでもいいから、誰かがホームになってあげると、結構人は落ち着くのです。大したことはしなくていい。」(同書p.182より)

「ハウス」はあるけど「ホーム」がない。「ホームレス」状態。

どんな立派な「ハウス」を所有していても、「ホーム」がなければ「ホームレス」なわけだ。

「ハウス」は慎ましいもので十分。「ホーム」を持つべし。

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2009年6月 3日 (水)

タンパク質 - プロテイン? プロティン? プロゥティーン?

先日、DHCのプロティンダイエットのことについて書いた(注)。

最初、「プロテインダイエット」と書いていたのだが、DHCの表記をよく見ると「プロティン」となっている。「ィ」が小さいのだ。

どっちが正しいのだろう?

英語(protein)の読みの日本語表記だから、どっちが正しいということはない。

研究者の世界では昔から「プロテイン」と表記して、そのように日本語読みしている。「プロテインエンジニアリング(タンパク質工学)」、「プロテインキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)」、等々だ。

英語の発音自体は、「プロテイン」というよりも、「プロゥティーン」という方が近い。

結局、「プロテイン」も「プロティン」も、どっこいどっこい、ですな。

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(注) 『DHCプロテインダイエットの効果を論理的に考察しよう』 http://higashiooi-machio.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/dhc-ca89.html

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2009年6月 1日 (月)

日本橋、銀座散歩 - 日本橋丸善にはスマナサーラさんコーナーがあった

土曜日の午後。用があって八重洲に出かけた。

東京駅で京浜東北線を下車。地下街を通って八重洲・日本橋方面の出口から地上に出る。

現在、八重洲地下街、東京駅舎が大規模な改築中だ。外から東京駅を見ると、外壁全体が白っぽいシートに覆われている。その横には、新しくできた高層ビルの中で、大丸が営業していた。

地上に出てほんの少し線路と平行に進み、広めの道路の角を曲がる。少し歩くと、もう日本橋の高島屋が見える。連れが所用を済ませる小一時間ばかりの間、高島屋の向かいにある丸善日本橋店で時間を潰す。

由緒ある丸善・日本橋店は、新しく出来た丸の内本店より小さいが、それでも品揃えは豊富。私はここでお目当ての本を探そうと思っていた。アルボムッレ・スマナサーラさんの新刊2冊だ。

近所の本屋さんでは売っていないし、ディープなブッディズムの本で、ややお値段もはるので立ち読みもせずにアマゾンで買うのはリスキーだ。

2階の人文系の書棚のところに、それらは平積みされていた。『初期仏教経典解説シリーズⅠ.沙門果経』、『出家の覚悟 - 日本を救う仏教からのアプローチ』。内容を少し斜め読みして購入決定。

本棚の棚一つ分くらいが、「スマナサーラ」コーナーになっていた。スマナサーラさんは、ここ数年じわじわと読者を拡げているようだ。1980年にスリランカから来日。今の大学生よりは長く日本で生きていらっしゃる。

ブッディズム(仏教)は宗教ではない。「心の科学です」。そうスマナサーラさんは言う。だから、ズブズブに理系な者の心にも響くのだ。

連れと落ち合い、丸善と高島屋の間の大通り(中央通り)をそのまままっすぐ銀座まで歩く。やがて歩行者天国が始まり、休日の人達でのどかに賑わい始める。銀座の入り口、首都高の下のあたりに警察博物館があった。

程なく、時計台が有名な和光と銀座三越のある交差点に着く。

夕方5時から連れは食事会。それまで30分程時間があるので、喫茶店で一服でもしようということになった。

あれこれ喫茶店を物色するが、コーヒー1杯700円~1000円近くもする。土地代が高いのか、余程高級なコーヒーなのか。

しばらく歩き回り、カフェ・ベローチェ(VELOCE)銀座みゆき通り店を見つけた。ブレンドコーヒーSが170円、アイスカフェオーレ210円。中心街からわずかに離れているせいか、2階には空いた席も多く、落ち着けた。

一息ついて出発。地下鉄東銀座駅の地上出口あたりのところから、すぐ近くに歌舞伎座が見えた。食事会の連れを置いて、先に帰る。

晴海通りを歩く。数寄屋橋を越え、有楽町駅まで、休日の人混みを一人で足早に歩く。

有楽町駅から横浜方面行きの京浜東北線で10分強。駅前で晩メシ用の弁当を買って帰宅。

楽しい土曜日だった。
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