2012年1月25日 (水)

ケータイが水没する時

昨夜の積雪のため朝の交通機関の乱れが心配された東京都心の今朝(2012年1月24日、もう昨日になった)。

早目に出かけねばと急いで身支度。トイレで大きな用を足してさあ出ようか、とズボンを勢いよく引っ張り上げた。その時。

カランカランカラン…、と背後で音が。

………

嫌な予感は当たった。ズボンのポケットに入れていた携帯が飛び出し、ものの見事に水洗便器の水たまりに水没していく。

悪夢であってほしい。と一瞬思いつつ、現実を直視した私は、迷うことなく右手を水たまりに突っ込み携帯を救出。

さらに迷うことなく軽く水洗いして汚れを流さずにはいられなかった。その時点で携帯の画面はまだ健在だった。

しかし1分程もしたろうか。待受画面の笑顔の写真が、スーッ、と消えて行き、画面は真っ黒になった。ちょうど、ターミネーター2で溶鉱炉に沈んでいくT-800(シュワルツェネッガー)が見た最後の画像のようだった。

蓋を開けて、SIMカードとmicroSDを取り外した。少し濡れた感があるものの、大事には至っていないように思われた。ティッシュで水気をとる。

前の機種はSIMカードを使わない古い機種なので代用にはできない。水没した携帯をレジ袋に入れてカバンに突っ込み、可能な限り早目にauショップに行こうと決意しつつ、慌てて仕事に出かけた。

(携帯の水気も拭き取った後、私はSIMカードとmicroSDをまた元通りに差し込んでしまったのだが、今思えば、抜いたままにしておくべきだった。水没したケータイの内部に入り込んだ水は、その後長時間かけて染み出してくることがわかった。危なかった。)

………

かくして、2009年5月5日から使い続けたiidaのG9は、その役目を終えたのだった。

職場近くの駅前のauショップで相談したところ、メーカーに修理に出すと1週間程で直るらしい。ただし、内臓のメモリのデータは難しいかもしれないとのこと。「安心ケータイサポート」に入っていたので、修理代は5千円ちょい(入ってなければ1万ちょい)。修理が終わるまでの間は、同じiidaのG9を代替機として貸し出してくれるという。ちなみに、SIMカードが破損していた場合は、新しいカードに替えるためにさらに2千円ちょいかかるという。幸いなことに、私のSIMカードは生きていた。microSDも生きていた。

修理に出すべきか。私は少し迷った。そして、修理するのではなく、この際、機種変(というか端末増設)することにした。

ガラケーかスマホか、についてはほとんど迷わず、一番安いガラケーにした。

………

忘れていたのだが、携帯の電話帳のデータは、去年の5月、何を思ったかmicroSDにバックアップしていた。そのデータを読み込めたのは幸いだった。もしバックアップしていなかったら、相当困ったことになっただろう。

教訓。 ①携帯のバックアップはなるべくこまめにすべし。 ②トイレに入る時はチャックなどで密閉できないズボンのポケットに携帯を入れるべからず。 ③不幸にも携帯が水没した時は諦めずに即刻SIMカードとmicroSDカードを取り外して浸水から守るべし。

|

2012年1月24日 (火)

都心でかなりの雪 (2012年1月23日月曜日)

先週金曜(2012年1月20日)、東京では初雪が降り、土日は雨が続いた。

日曜夕方に一旦雨はやんだものの、週明けの月曜(1月23日)、朝から空はどんよりと曇り。午後3時頃にはかなりの雨になった。

仕事帰り。午後9時頃、自宅最寄りの駅を出ると、雨はみぞれに変わっていた。みぞれの勢いは見る間に増し、傘にはシャーベット状の、というより水気の多い氷に近いような大粒のみぞれが叩きつけられた。

駅前のヤマダ電機でちょっと買い物をして外に出てみると、みぞれはもう大粒のぼたん雪に変わっていた。

ヤマダ電機近くの松屋で牛丼大盛を食べて15分後くらいに外に出てみると、歩道には早くもうっすらと雪が積もり、通行人の靴の足跡がくっきりと雪の上に刻まれていた。

家に帰って窓から外を覗くと、雪は粉雪に変わり、激しく降り続いていた。窓から間近に見下ろす高架の道路では、車がそろそろと低速で走っていた。夜10時過ぎ。

………

日付が変わって、深夜零時過ぎ。

勢いは弱まったものの、みぞれまじりのような細かい雪は降り続いている。

東京は雪に慣れていない上に、人も車も電車も、交通量が多い。朝は交通機関が乱れる可能性が高い。

早めに寝て早く起きた方がよさそうだ。

|

2012年1月23日 (月)

東京駅八重洲地下街の東京キャラクターストリート

金曜の初雪の後、この週末は冷たい雨が降り続いた。

そんな雨が降りやんだ日曜の夕方。東京駅の地下街に寄った。

長く工事をしていた八重洲地下街も、今は新しいお店で賑わっている。丸の内側への連絡通路の近くには、「東京キャラクターストリート」という一角がある。

その中に、トミカショップとプラレールショップが並んで店を構えている。同行していたうちのチビッ子は、ずらりと並んだトミカとプラレールの品々に、いたく喜んだ様子だった。

通路を挟んだ向かいにはNHKキャラクターショップ。コッシーやワンワンなどのグッズが並んでいた。オフロスキーパーカーも売っていた。

………

日曜の晩、7時前。楽しかった週末も終わりに近づき、明日からの学校、仕事を前に、店の中には祭りの後の倦怠感、寂寥感のようなものが漂う。

ひとしきり地下街を歩き回り、蒲田行の京浜東北線に乗って帰宅。

|

2012年1月22日 (日)

「議論することで判断能力が低下する」

アルボムッレ・スマナサーラ著『不安なこの世を生き抜くために』を読んだ。

その中から引用:

………
考えること、議論することを高く評価する価値観は、洗脳の結果だと思います。小さい時から、そう洗脳されているのです。瞬間で正しい判断ができることが、何よりも大切です。考える癖がついて、議論することを好むと、時間を無駄に費やします。結論も曖昧になります。議論する暇があるということは、その問題はそれほど重大ではない、という証拠なのです。
(同書p.85より。太字は私による)

人間に必要なのは、瞬間の判断です。議論を好むと、その能力は失われます。人生を瞬間瞬間のコマに切ってみると、その瞬間ごとに達すべき正しい判断が簡単に見えます。思考・妄想はそれを邪魔して、判断能力を低下させるのです。
(同書p.85より。太字は私による)
………

スマナサーラさんは、別の本でも何度かこのことを述べられていた。

例えば、「1+1」という問題に答えるのに、議論は必要ない。「2」と瞬時に判断できる。「1+1=2」を理解しているからだ。同様に、物事を正しく理解していさえすれば、判断は瞬時に行なえる。

………

パーキンソンの凡俗法則(注1)は、これと少し似ている(例えば、「どうでもいい話ほど議論が盛り上がる」)。ただし、パーキンソンの凡俗法則の場合は、「どうでもいい話」=「大勢の人が理解できる話」→「議論が盛り上がる」、「重要な話」=「理解できる人が少ない話」→「議論が盛り上がらない」、としているので、意図するところは違うかもしれない。

ブルース・リーの「Don't think. Feel」は、上のスマナサーラさんの言っていることに近いかもしれない(注2)。

__________

|

2012年1月20日 (金)

東大、秋入学を検討 (再)

東京大学が秋入学への移行を検討している。ということが最近また話題になっている(2012年1月)。この件は昨年の夏にも話題になった。その時(2011年7月1日)に書いたことを、以下にまるまる再録しておこう。

(以下、2011年7月1日の再録)
………

東京大学が、「秋入学」への移行を検討しているという(注1)。

あまり知られていないが、既に秋入学を実施している大学は多数ある。ただ、「海外からの留学生が中心で、日本人学生の入学を秋に一本化した大学はない」(注1記事より引用)。

………

今回の東大の「秋入学」検討は、直接的には、4年ほど前に安倍元首相が推進した「秋入学・ギャップイヤー構想」を受けたものだ。

その安倍元首相が2007年9月に首相を辞任した後、同年12月14日に、「学校教育法施行規則の一部を改正する省令」(文部科学省令第三十八号)が定められた(注2)。それにより、「大学の学年の始期及び終期は、学長が定める」という条文が追加された。

そのココロは、文科省が説明しているように、「我が国の大学と我が国と学年暦が異なる諸外国の学校との間の交流の円滑化や、大学入学における選択肢の多様化等の観点から、秋季入学を各大学においてより柔軟に導入できるよう、大学の学年の始期及び終期は、学長が定めるもの」とすることだった(注3)。

………

今回の東大による秋入学検討は、上記のような文科省(安倍元首相)の方針を受けたものと言える。が、ネットのニュースのコメント欄にあふれる書込み を見る限り、それを認識している人はほとんどいない(注4)。菅氏が首相になる前の4年間の首相は、すぐに辞める潔い人が多く、何度も首相がチェンジした のだから、それも無理はない。

コメントの多くは、秋入学への反対意見だ。理由は様々だが、「日本の風土に合わない」「就活に不利」等がメジャーなところだろうか。

しかし、明治以後、1921年(大正10年)まで、日本の大学はもともと9月入学だったのだ(注5)。大学の4月入学は「日本の伝統」と言っても、大正時代後半に始まったことに過ぎない。

東大の影響力はやはり大きいから、この際、秋入学を復活させてみたらいいと私は思う。他の多くの大学も遅かれ早かれ追随するだろう。長い夏休みが、学年の途中にあるより、学年と学年の間にあった方が自然なようにも思える。

高校卒業後、大学入学までの半年間の「ギャップイヤー」に加えて、大学卒業後、新卒就職までの半年間も「ギャップイヤー」にして、就職活動はその期 間にするようにしたら、4年間みっちり勉強できるぞ。会計年度は4月始まりのままだし、企業の新卒4月一斉採用の風習も当面続くだろうから。

__________

|

«振動無視症候群 vs ファントム振動症候群